Dialogue
くりやの対話

2023/10/19

世界を巻き込めっ! ~茶人の挑戦~

岩本 涼さん×栗岡大介

日本茶の新しい需要の創出と魅力を発信する株式会社TeaRoom代表で裏千家の茶道家でもある岩本 涼さん。栗岡が「時代を切り拓く人、徹底的に応援したい」と語る若き挑戦者です。成長の裏にある葛藤も含め、未来への希望に溢れた熱い対話となりました。

株式会社TeaRoom
https://tearoom.co.jp/

岩本 涼(いわもと りょう)さん

株式会社TeaRoom代表取締役/裏千家茶道家。1997年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。幼少期より裏千家で茶道経験を積み、現在は裏千家より茶名を拝命、岩本宗涼(準教授)としても活動。21歳で株式会社TeaRoomを創業。自分たちの手でお茶の生産から販売までを一貫して担う垂直統合モデルを立ち上げ、循環経済を意識した生産や日本茶の製法をもとにした嗜好品の開発及び販売、茶の湯関連の事業プロデュースを行うなど、構造的課題を有する国内の茶業界に対して国内外で新たなお茶の需要創造を展開する。ダボス会議グローバルシェイパーズのメンバーなど、グローバルでの様々な実績を持つ他、株式会社中川政七商店の社外取締役を務める。

応援すると決めたら応援する

栗岡大介:三年前くらいかな、共通の友人を通じて静岡のお茶の製造工場へお邪魔したのが最初の出会いでしたね。お互いに自己紹介をする中で、岩本さんから発せられた「お茶にしか自分の居場所がない」という言葉が特に印象に残っています。お茶って「習い事」のイメージが強かったのですが、岩本さんの場合はそうではないんですよね。

岩本 涼さん:はい、親の影響とかでは全くなくて。僕は小学校中学校あまり行けない子どもだったんです。そんな中、偶然お茶に出会い茶道に入門したら、お茶室が「自分が自分でいられる場所」になりました。茶道に救われたのかもしれません。

栗岡:岩本さんとお話していると「対立のない世界」を創りたいという言葉を頻繁に耳にします。これは御社(TeaRoom)の企業理念でもあるわけですが、やはりこのメッセージも茶道から影響を受けたものなのでしょうか?

岩本:はい、「対立のない世界」という言葉は、茶道そのものでないかと僕は思っています。例えば、茶室には、「躙口(にじりぐち)」と呼ばれる小さく低い場所に設置された出入口があります。これは「頭を下げて礼をして茶室へ出入りする」ことを意図しており、特に戦国時代など主従関係が強い時代においても参加する誰もが同一の人間として過ごすことができる設計となっています。

栗岡:なるほど、茶室には長い茶道の歴史の中で、人間が豊かに生きるための知見が凝縮されているということですね。言語ではなく、行動を通じて「豊かさ」を感じることができる点がポイントですね。

岩本:まさにそうなんです! 実は僕が起業を決意したのも、「どうしてこの素晴らしい価値や文化が世界へ浸透しないんだろう」という純粋な想いからでした。同時に、市場が縮小する中で大好きな文化を維持するためにはどうしたらいいのか、そんな危機感からTeaRoomを創業しました。創業来、お茶の世界に限らず、日本文化の中にある知財・魅力を掘り起こし、現代の文脈で世界とコミュニケーションを行うことで、文化財・サービスがある市場の活性化と社会を良くすることの両立を目指しています。

栗岡:その姿勢に私は魅了されたんです。世の中の多くの人は岩本さんの一部しか理解してないのではないかと思っていて。かくいう僕も「お茶を作っている起業家」と紹介されたんですが、会って話すと、単純な「お茶の人」ではありませんでしたね。もちろん、プロダクトとしてお茶があり、茶道を軸に日本文化を通じて社会をより良くというスタンスはあります。でも僕に語ってくれた新たな価値観、新たなライフスタイル、新世界の仕組みをつくるという壮大な夢は、「品行方正な文化人」という僕の当初のイメージを「ビックマウス」で覆してくれました。千利休もきっとこういう人だったのではないかと妄想してしまいましたよ。

岩本:そこまで考えてくれていたんですね。初めて会ってお話する中で、栗岡さんは「決めた、応援する! 応援すると決めたら応援するんだ!」と言ってくれたんです。あれは格好よかったなあ。栗岡語録の中でも、随一でした。覚えてますか?

栗岡:そんなこと言ったっけ(笑)。でも「応援すると決めたら徹底的に応援する」というのは僕がいつも大切にしている想いです。

順調な成長の裏にある葛藤

栗岡:先日、しばらくぶりに岩本さんにお会いして、「面構え」が変わってきたなと思って。今回の対話をリクエストしました。

岩本:それは、良い意味に捉えていいんですよね? 自分ではここ数ヶ月ですっかり歳をとった感じがしているんですが…。いろいろ大変です(笑)。

栗岡:もちろん良い意味です。実際、創業6年目で売上や顧客数、事業の中身からしても、事業会社としては絶好調に見えます。一方で、岩本さんと対話を重ねる中で、「文化」と「経済」という両立が難しいとされているものの間(はざま)で「葛藤」もあるようにも感じているんですよ。

岩本:そうですね、最近ではカルチャープレナー(文化起業家:カルチャーとアントレプレナーを掛け合わせた造語)としてフォーブスの表紙を飾らせていただいたことも奏功して、取材依頼もたくさんいただくなど、文化領域での起業家としてのアイコンにはなりました。ただ、世の中では「伝統文化の世界で頑張る若者」あるいは「ユニークなお茶屋さん」として認知が進んでしまっている側面もあり…。現在でも、TeaRoomを説明する上で、この部分の認識のズレがなかなか埋められなくて、どう自社を表現すればいいのか日々葛藤しているところなんです。

それから、メディアの方々とお話をする中で感じたのは、多くの人々の間で「伝統文化」=「守る・守りたい対象」として認知が進んでいる点にも留意が必要だな、ということで。僕が起業家として実現したいことは、文化を通じて今や未来に対して「問いを持つきっかけ」を創ることなんですが、文化を一方的に保護対象とすることはかえってそのきっかけを減少させることに繋がるのではないかと危惧しています。

栗岡:TeaRoomのピッチ資料、僕も興味深く拝見させていただきましたよ。岩本さんの日本への想いをぶつける、僕たち(日本人)へ吠えているような感じで、グッときました。根底には「こんなに素晴らしい文化が自分たちの国にある。なぜ気づかないんだ。なぜ安く叩き売られているんだ。このままで悔しくないんですか!」、「俺が変えて見せる!」そんなメッセージを感じ取ることができました。

岩本:「悔しくないんですか」という問いかけに対して、栗岡さんのように「悔しい、じゃあ僕に何ができるだろう?」と出資者として、当事者として一緒にやろうという方々は少数です。ある経営者には5分プレゼンしただけで「君のやっていることはボランティアだね」と一蹴されてしまいました…。

ただ、僕らとしては全くボランティアのつもりはなくて、今後チャレンジしたいことは「お茶一杯に一億円の体験価値を作り出したい」ということなんです。当社は「伝統文化保護を進めるお茶企業」というラベルを貼られてしまいがちですが、日本国の物心両面における可能性を文化で拡張する挑戦者だと認識していただきたい。

栗岡:一億円のお茶体験!良いですね! 僕はそういう岩本さんのヤマっ気のあるところが大好きです。お茶を一億で売ってやるぞっていうのも本気で思っているんだろうし、戦国時代の茶人や、戦後日本の高度成長を牽引したようなオーナー経営者の方々は、きっと岩本さんのような気概をもって日々社会と対峙していたのではないでしょうか。

ところが今の日本は構造的にサラリーマン経営者が圧倒的に増えてしまっていますから…そのような環境で岩本さんの意図を理解してもらうのは難しいですね。やっぱり茶碗を一国に、お茶に一億円の価値を見立てる力を持つのはいつの時代もオーナー(マインドを持った人々)です。

岩本:適正な価値、値付けがなされていない市場にチャンスがありますというロジック、わかりやすいと思うんですけど…なかなかコミュニケーションが難しいです。

栗岡:資金調達などの場面ではいろんな方々に価値観を否定されることもあると思います。ただ気をつけておきたいのは、理解してくれない人や社会に憤りを感じすぎない、ということかな。岩本さんは対立のない社会を作りたいわけですから。

岩本:確かに、自分が社会と対立した瞬間に「対立のない社会」は成り立たなくなりますね。

日本文化というOSが未来への希望を生む

栗岡:岩本さんの思想が理解されにくいのは、多くの人は文化を「OS(オペレーティング・システム)」として捉えていないからだと思うんですよ。OSってハードとソフトを仲介する仕組みです。優れたOSがあるとその上にいろんなソフト、アプリケーションができていくわけですよね。文化をOSだと見立てたときに、昔の日本ではその文化というOSがきちんと駆動していました。茶道をOSと見立てると茶室や茶器というハードがあり、そこで「亭主」の意図をお茶事を通じて理解するなどのアプリケーションが生まれ、そのアプリケーションを使う人間のライフスタイルにも大きな影響を与えてきた。

しかし、現代では文化がOSとして機能しづらくなっていることに加えて、僕たちの生活は消費をする・させるためのアプリケーションの使用・作成に興味が偏ってしまっています。一方で、岩本さんたちはメタファーでなく、OSを文化で再構築しているんだな、と。TeaRoomにはもちろんコードをかける従業員もいらっしゃるんですが、岩本さんはお抹茶を点て、歴史に未来を見つめ、事業を進めている。僕の目には皆さんがそんな風に映っています。

岩本:そう言っていただけるのはめちゃくちゃありがたいですね。しっかりメモしました。まさに、OSなんです。お茶室の中では、例えば雨が降った時に「自然が喜んでいる」と捉えるし、茶碗が欠けたら欠けた部分を「景色」と呼び、金継ぎを施すことで新しい価値を見出します。文化というOSが通じて、人間の価値観を変化させ、自然はもちろんのこと、欠けた茶碗にさえ豊かさを見出した。これは今の言葉でいうとウェルビーイング、大昔から日本人は文化を通じてウェルビーイングを実践してきたんです。

栗岡:僕はESG(環境、社会、ガバナンスを考慮した投資活動や経営・事業活動)の背景にあるテーマは「有形物への限界」だと考えています。確かに食料などが不足している国・地域はありますが、基本的に僕たちは物を作りすぎては破棄し続けている。有形なもので溢れる社会の不均衡を是正しながら、これからの人間に必要な価値を探そう、ESGにはそんなメッセージがあるのではないかと受け止めています。だからこそ、文化という無形の価値を有するものの可能性を顕在化させることにこそ、人類の未来の可能性がある。そんな文脈(コンテキスト)を頭で巡らせながら、日本文化を積極的に取り入れ社会OSを再構築する岩本さんを応援しようと、あらためて決意しました。

茶人が割れた茶碗に「景色」を見出したように、この分断が続く世界に僕たちは人間の可能性を見出すことができるのか? そんな問いが、岩本さんとお話する中で生まれてきています。ここには、未知の何かが生まれるかもしれないというワクワクがありますよね。ウェルビーイング業界やインバウンド業界では、文化という無形資産を有形化することの重要性が強調されています。例えば、「新プロダクトを通じた生活の質向上」、「ツアー単価向上」などがよく語られますよね。ただ僕たちが一番大切にすべきことは、何が生まれるかよりも、何かが生まれるかもしれないという「未来への希望」じゃないかな、と。

岩本:なるほど。そうやって言語化していただいて、自分自身も希望が湧いてきました。

栗岡:僕も一度岩本さんのお茶事に参加させていただいたことがありましたよね。岩本さんは亭主として一つの物語を紡いでくださるわけですが、その際に「過去に問いを見出す」という作業をされていると感じたんです。お茶室で受け継がれてきた文化を掘り起こす、すなわち過去を振り返って生まれた問いと向き合った上で、僕らはどんな未来を作りたいのかを考えて、それなら今こんなことをすべきだよね…という具合に「過去→未来→今」というループを提示してくれました。このバックキャスト的な考え方というのが、日本文化というOSによるアイデア創出の手法なんじゃないか、と思ったんです。

岩本:あのお茶事からそこまで感じていただけたとは、フィードバックすごく嬉しいです。現状を分析して未来を予測するフォーキャスト的な考えが機能しなくなる中で、ありたい姿から今すべきことを考えるバックキャスト・アプローチが普及してきました。これからは、文化を通じ歴史に未来の可能性を見出し、循環型の仕組みを創る、栗岡さんが言語化してくれたバックキャストの重要性が増してきます。戦後の日本の名だたる経営者がお茶を学んでいたのもそういった側面があるのではないかと仮説を持っています。文化のOSがあるからこそ、新たなバックキャストというアプリケーションが生まれます。それをお茶事を通じて実感していただけてよかったです。

日本固有のラグジュアリーカンパニーに

栗岡:岩本さんの話を聞いていて、TeaRoomのこれからの成長にラグジュアリーカンパニーは参考になると思いました。例えば、LVMHは今や時価総額で50兆円もあります。多くの専門家は顧客単価アップや企業買収の上手さを成長理由に挙げますが、僕は同社は本質的には次の時代を担う若者たちを惹きつけ続けていることが大切な要因ではないかと考えているんです。ブランドを購入する若者たちは、プロダクトに自分の憧れや将来を投影して、こういう世界観が格好いいと共感している。

岩本:そうですね。若者たちが買っているということは、LTV(顧客生涯価値)が上がっていくという説明にもなりますし。

栗岡:以前「ラグジュアリー」の語源についてのある記事を読んで、なるほどと思ったんですが、歴史を辿ると三つの段階があるらしいんです。中世のラグジュアリーは「lust」=「色欲、淫乱」という意味で、次に出てくるのがラテン語の「luxus」=「(植物が)繁茂しすぎる」という意味。さらに近代以降は、フランス語の「luxe」=「光り輝くもの」という意味が強まってくるそうです。光り輝くもの、これは「未来への希望」と見立てることができるのではないか、と。

グローバルで成長を続けるラグジュアリーカンパニーはそこを見抜いて、Z世代とそれより若い人たちに対して、未来への希望という切り口でアプローチしているのではという仮説をもっています。同じように、TeaRoomの「対立のないやさしい世界を目指す」というメッセージやプロダクトはセンスの良い若者たちを惹きつけているのではないでしょうか?

岩本:はい、僕らの開催するお茶会の参加者の大半が20〜30代です。もちろん、いろんな動機があると思うんですが、栗岡さんのおっしゃる通り「今に希望を見出したい」というのもある気がします。世界で見ると留学・旅行機会の増加によって、「世界は日本文化が大好きで、より深い体験を求めている。しかし、自分たちは日本人なのに何も知らない」ということに気づく人が増えてきました。そんな方々に体験の場を提供して、自己肯定感を高めていただくことなどができていれば、確かに広義の意味で「希望」を創出していますね。

栗岡:岩本さんのお茶事に参加している皆さんは、すでに日本文化OSを使いこなせる、ネイティブ世代ということですよ。そういう若者たちがTeaRoomの活動に共感し、その共感の輪を世界に拡げる。TeaRoomは日本のOSを創る組織ではあるのですが、ビジネスの側面で見ると日本発のラグジュアリーカンパニーですね。

そうすると、投資家にもTeaRoomがお茶の会社やボランティア企業だと認識されることもありません。競合・比較対象企業もLVMHやタペストリーになります。加えて、岩本さんの持ち味である日本文化へのアクセス権を活かし、日本文化で世界を変えるラグジュアリーカンパニーを目指せると思うんです。

世界を巻き込んだ壮大なお茶事

岩本:確かに、そう考えると僕の周りには既に20〜30代の仲間たちが多くいます。同世代の起業家で僕のお茶会に来たことがない人、関わりがない人っていないんじゃないかというくらい。そこは強みになりますよね。海外でも僕の考えに共感してくれる同世代の起業家がたくさんいます。「今、世界で文化OSが必要である」と考え、同じ目線で社会を変えたい起業家が世界中にいるというこの事実を知っていることが、僕の最大の武器かもしれません。

栗岡:世界同時多発で新しいOSが生まれようとしているんですよ。岩本さんはそのうねりのど真ん中にいる、そんな風に見えます。

歴史を振り返ってみても、素晴らしい茶人は時代の転換期で生まれてきました。千利休、古田織部、小堀遠州…一流の亭主はどうすれば客人へ有益な気づきを与えられるか模索していたはずです。アフターコロナで、対立・分断が顕在化するなど、今は時代の転換点です。岩本さんにとってはある意味名を上げる大チャンスじゃないですか。やっぱり岩本さんが今の時代の日本に生まれて、お茶に出会ってこの事業をしているっていうのは、絶対意味があるはずです。さまざまな葛藤を乗り越えて、今の世の中をお茶事や文化で上手く設え(しつらえ)ていく…言ってみれば一人の茶人としての「世界を巻き込んだ壮大なお茶事」なのかな(笑)。

岩本:また上手いこと言いますね! 世界で起こる分断に「未来への希望」を見立て、文化を通じて社会をもてなす…まさに今そんな気持ちで事業を進めています。世代っていうのも縦に区切ってしまうとまた分断を生んでしまいますが、世代問わず異なる価値観を持った人たちが文化を通じて繋がっていけば、いい方向に社会を発展させていけるだろうし、いずれ一つの大きな共同体になっていくイメージを持っています。そのためのOSを僕らは創るんだ、と。

栗岡:いいですね。僕はとにかく徹底的に応援するし、そのためにできることはなんでもやりますから。応援するって決めちゃったので(笑)。

岩本:はい、これからもよろしくお願いします!

Photo: Kayoko Yamamoto