Dialogue
くりやの対話

2022/07/14

無形資産を有形資産に変えるために

佐宗邦威さん×栗岡大介

デザイン思考による企業の組織変革に取り組んでいらっしゃる株式会社BIOTOPE代表の佐宗邦威さん。未来に対するそれぞれの「切り口」をベースに意見を交換しながら、無形資産を有形資産に変えるためのアイデアについて対話しました。

佐宗邦威さん

株式会社BIOTOPE代表。東京大学法学部卒業。イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了。P&Gのマーケティング部にてブランドマネジャーを務めたあと、ソニー株式会社にて、新規事業創出の立ち上げなどに従事。現在は戦略デザインファーム「BIOTOPE」代表として組織のイノベーション支援を行ないつつ、多摩美術大学特別准教授をはじめ、後進指導にも携わる。近著に『模倣と創造』(PHPエディターズ・グループ)がある。

違う角度の目線を交換する

栗岡大介:コロナ禍のこの二年ほど、各地の旅にご一緒するなど、対話の機会を多くいただいていました。そして、このたびは佐宗さんの会社、BIOTOPEの共創パートナーにもご指名いただきました。錚々たるメンバーが名を連ねる中、大変光栄に感じているんですが、僕のどこを面白いと思ってパートナーに加えていただけたのでしょうか?

佐宗邦威さん:栗岡さんは、面白い。時代の大きな潮流の先を見ながら、ストーリーを持って、未来に起こりうることを言語化できる人、という印象があります。僕の場合はその潮流を「人の心理や行動の変化」という「切り口」で分析するのに対して、栗岡さんは「お金の流れ」で見ている。何度か栗岡さんと一緒に旅をしてきましたが、「この先、社会はこうなっていくよね」と話しながら、お互いの「切り口」を交換するのが一番ワクワクする時間でした。BIOTOPE社内外でも、引き続き良いケミストリーが生まれていくと思います。

栗岡:嬉しいです。佐宗さんは僕の頼れるお兄さん的存在ですね。様々な活動を通じて人の真理を理解しているからこそ、起業してからの僕のことをいつもすごく良いかたちで鼓舞し続けてくれています。未来に対して、より大きな妄想と希望が持てるようになりました。

恐れのブレーキを超えるために

栗岡:さて、本題に入ってまいります。

佐宗さんはこれまでスタートアップから大企業まで、日本企業の組織変革プロジェクトに数多く関わってこられました。時間をかけて人間の内面に対して変化を働きかけ、組織全体の体質改善を促す。まさに「漢方薬」のようなアプローチにより一貫して組織変革を実践されています。時間をかけた対話が、人・組織の可能性を拡げ、豊かな未来を創る… そんな考えを大切にしながら、いつも組織の「ハードシングス」に笑顔で立ち向かわれている姿を、僕も側で見ていました。佐宗さんはどんな「想い」に拠って日々活動をされているんでしょうか。あらためて、教えていただけますか?

佐宗:はい、振り返ると、ソニー時代に手がけていた新規事業創出プログラムが僕の原体験となっています。

僕が外資企業からソニーに移った当初、株価はどん底でしたが、同時に当時の平井社長が「このままじゃ生き残れない」と、明確に新たなチャレンジを促進する方向に経営の「舵」を切っていた時でもありました。変化の真っ只中で、ソニーに入社したわけですね。そこで僕が携わることになった全社横断の新規事業創出プログラムが経営方針の転換の一環として「真っ当な議論が真っ当にできる場所」を創造しようというものでした。

そこでは、ソニーが本来持っている根源的なエネルギー、会社の「魂」のようなものを多様な人と様々な方法で見直しながら、これからのソニーを創る人材が未来について議論できるような環境を整えていったんです。すると、プロジェクトに参加していた人々のマインドが少しずつ変わっていき、新たな事業が生まれる「土壌」も社内で育ってきた。結果的に業績も改善し、企業価値も上昇するという好循環をつくることに成功しました。

人の心の変化が組織の結果に繋がるには大体2~3年程度時間がかかることを、身を持って理解したんです。「時差を恐れるな、信じて待とう」という姿勢が重要です。栗岡さんが以前働いていた投資の世界でも、これと似たようなことが言えるのではないでしょうか。

栗岡:はい、おっしゃる通りです。先日、元日本株ストラテジスト・藤田勉さんが日経新聞のコラムで「成長のDNA」と題して、日本企業の成長の可能性を説明されていました。特に印象的だったのは、ソニー、リクルート、東京エレクトロンなどの企業は、カリスマと呼ばれた経営者が退いた今なお、成長のDNAが継承されている、と。人の可能性にフォーカスして、「信じて待つ」というソニーの新規事業創出プログラムは、その象徴的なものなのだと今日お話を伺って思いました。

一方で、私が日々様々な企業の皆様と対話する中で感じているのは、日本の組織に「失敗への恐れ」が蔓延しているということです。コロナの影響が残る中での急速な円安とインフレはスタグフレーションへの不安を増幅させており、先行きに対する不安が組織と企業に影を落としています。そんな中で、企業人へのメッセージはありますか?

佐宗:クルマをメタファーにして説明しますね。人や組織における「恐れ」は、すなわちブレーキです。もちろん適宜ブレーキを踏むことも重要ですが、組織が前に進むには、ブレーキではなくアクセルを踏まなければなりません。その時、アクセルになるのが、会社の「ビジョン」なんです。

ただし、ビジョンがアクセルとして効果的に機能するには、トップダウンのビジョンがあるだけではダメです。現場の一人ひとりが持っている、やりがいが引き出されないといけません。会社のビジョンと個人のやりがいが繋がった時に組織は機能します。大切なポイントは、現場の皆さんがお互いのやりがいを褒めたり、応援したりすることです。やりがいを見つけて一人ひとりのエネルギーは上がったとしても、お互いがそれを承認せず、批判するなど、環境の摩擦係数が大きくなると、また前に進めなくなってしまう。組織のビジョン、個人のやりがいを引き出すこと、次にそれぞれのエネルギーが打ち消し合わず、相互に発火しやすい適切な「場」の創造、この両方が揃っていないと、「恐れ」という非常に強いブレーキを超えることはできないでしょう。

課題は無形資産の源泉

栗岡:「恐れ」を超える場の設計において、様々な企業の方々と議論する機会が多いと思います。そんな佐宗さんが今気になっているテーマはどんなものでしょう?

佐宗:ずばり「無形資産経営の実装化」です。弊社・デザインファームの強みは企業や組織の無形資産を見出すというところにあります。もちろんその点においては成果を出していると思うのですが、これからは無形資産を組織全体で有形資産に転換していく、という一連の流れを創り出したいと考えています。

栗岡:なんと!無形資産を有形資産に転換していくことについては、僕自身も事業を通じて挑戦しているところです。

昨年より弊社では、不思議と一次・二次産業に携わる方々とのお仕事が増えてきているんですよ。例えば、昨年から宮城県女川町の「鮮冷」という水産加工メーカーの成長のお手伝いをさせていただいています。昨今、日本の水産業(加工も含む)は厳しい環境に置かれています。温暖化の影響により生態系が変化、そこに人手不足が拍車をかけ漁獲量が減少、ガゾリン価格の上昇、外食産業の低迷による受注減、インフレでも価格転化が難しい…など、ネガティブな点を挙げればきりがありません。

そんな環境だからこそ、僕は彼らの持っている無形資産にフォーカスしてみたんです。それで少しずつ状況が好転してきました。

佐宗:へぇ、どんな無形資産に注目したんですか。

栗岡:もともと鮮冷は、女川町が東日本大震災で甚大なダメージを受けた中で 「地域雇用を創りだそう」という目的で創業した経緯もあり、女川漁港と強固な繋がりを持っています。また、日本中に女川のファンは多数います。そして前述の通り、復興する中で「女川の『うまい!』を世界へ」というスローガンをもとに活動を続けるなど、ストーリーがあります。僕はバランスシートに反映されないそうした無形資産に着目しました。一方で、同社はこれまで最新鋭の設備(加工力)や価格競争力など有形資産に重きを置いた事業展開だったんです。

そこで、同社と女川の歴史やストーリーという無形資産を活用した事業展開に舵を切りました。具体的には、小売企業へ女川を打ち出したPB商品の共同開発を提案したんです。小売企業もインフレ対応と安心・安全を両立する商品がない状況でしたから、ストーリーも兼ね備えた提案は受け入れられた。買い手・売り手だけでなく、中間物流を極限まで減らすことで環境負荷の低減も実現するなど、社会にも良い「三方よし」の商品開発が実現できました。

佐宗:なるほどね、面白い。課題自体がブランド価値を生み出すスターティングポイントになるのかもしれないですね。これは、先進的な課題がたくさん生まれる日本への見方を変える、そのきっかけになるような気付きですね。

栗岡:はい、先程佐宗さんから、組織において失敗への「恐れ」を乗り越えるための「場」づくりの重要性を教えていただきました。日本全体が「恐れ」に覆われていく可能性がある中で、社会全体で「社会課題」=「日本の可能性」と発想を転換するような「場」づくりを促進することができればいいのではないかと考えています。

これまで、企業課題、社会課題はバランスシートに乗らなかったわけです。それをあえて「無形資産」として企業や組織の中に取り込めば、それは新たなサービス・商品開発の源泉になるのではないか。多くの地域の企業の経営者と議論をする中で、最近は「課題は未来」と割り切って、愛でよう!と伝えています。

佐宗:綺麗事ではなく、きちんと事業化できてるところも栗岡さんらしいですよね。僕が特に興味を持っているのは、課題をストーリーに実装することもさることながら、そのストーリーをブランド価値にどのように反映していくか、というところなので。

日本のアップサイドは「ラグジュアリー」

栗岡:課題がストーリーを通じて、ブランド価値の向上に貢献できるなら、先進的課題を有する日本という国は独自のストーリーを活用した成長ができると思うんです。

佐宗:そうですね。ストーリーとブランド価値の関係性を探ることは、日本の未来に良いフィードバックをつくり出す可能性が高い。しかし、現状は、きちんと課題の実態を把握すること、その中でストーリーを創り、ブランド価値に変える仕組みがありません。いかに無形資産を有形資産にかえる装置をつくるのか、という問いに戻ってきます。

栗岡:なるほど…。

佐宗:そんな中で僕が参考にしているのは、「ラグジュアリー」という考え方です。顧客やユーザーがそれぞれブランドの持つストーリーや価値に自分自身で意味を感じる、充足感を見出せるようなものにはきちんと高いお金を出す、そういう体験をどうつくればいいのか。大企業もそうだし、地方創生という面でも、日本のアップサイドとして参考になる点が多くあります。

というのも、日本って今グローバルで見ても最高にコスパが良い国じゃないですか。今後、良いものが安いという観点で、海外から多くの観光客が訪れる観光立国というだけでは、単に消費されて終わってしまいます。どうすれば文化を中心に据えて、観光業を盛り上げることができるのか、議論をする必要がありますよね。

日本人にここまで染み付いたコスパ思考をラグジュアリー思考に転換できるのかというと、確かに難しいかもしれません。でも、日本には文化的資源がたくさんあるし、成熟もしているので、やり方次第では文化立国としてひっくり返せる可能性もあるんじゃないか、と。信じたい気持ちがあります。

栗岡:「新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義」(安西洋之・中野香織 著)の中で、「これからのラグジュアリーは文化を駆動させるものである」という解説がありました。これまでは、高級で特別なものという見方が強かったラグジュアリーが、個人を通じて社会を通じて文化を強化し、一段と進化させていく役割を担うのかもしれません。

また、世界に目を向けても、全体の流れとしてはブロック経済に向かっていると思っています。それはグローバリゼーションが得意としてきた、サプライチェーンを通じた、「コスパ」の終焉でもあります。現に、世界では様々な商品・サービスの値上げが続いています。日本はどうするか、ですね。

インフレをチャンスに変えられるか

佐宗:インフレ時代におけるブランドって、どうなると思いますか? 日本人は本格的なインフレを経験していませんし、肌感覚としてわからないところがあると思うんです。インフレだからこそできるブランドづくりってあるのかな。

栗岡:あると思います。それはまさに、「無形資産を有形資産に変える」というところに帰結するんじゃないか、と。

世界のメゾンって、インフレ・デフレに関わらず、供給をコントロールしながらずっと値上げを続けてきました。「これまでにない素材を開発する」、「職人の育成(機械化も含め)」などイノベーションへの投資を、しっかり盾にして。新しい世界を切り開いていく姿勢、文化、なによりそれを実現する「人」という無形資産を活用して値上げしているんですよね。

ただ、日本の場合はそれをしてこなかった。現状の値上げも「同じ価格で容量を減らす」といった小手先のものが散見されます。日本には資源という有形資産が乏しいにも関わらず、人という無形資産を生かせていません。ラグジュアリーブランドのように、「イノベーションは人が創る、だから値上げする」というロジックで、値上げしても良いはずです。

佐宗:なるほど、メーカーだけでなく、消費者も考え方を改める必要がありそうです。インフレを一つのきっかけにして、無形資産を有形資産に変えるアイデアがどんどん生まれるといいですね。

栗岡:ちょうど最近、それを実践できている日本企業を見つけました。山梨県北杜市にあるスーパー「ひまわり市場」です。一店舗しかない小さなスーパーなんですが、県外からもお客さんが集まる超人気店になっています。

その理由は、まさに人という無形価値を最大限活用できていることなんですよ。店内に入るとあちこちに面白いPOPが貼ってあって、生産者の魅力、スタッフの魅力をこれでもかとアピールしています。社長のマイクパフォーマンス(ライブ店内放送)や人気商品(最高級メンチカツなど)の抽選会など、買い物がエンタメになるような仕組みも散りばめられています。商品の価格設定は隣接しているドラッグストアに比べると、かなり高いです。しかし、顧客はここでしか味わえない体験にお金を払っているんです。地域に密着し、全国で目利きした日本の良いものを「体験」を通じて提供しています。

佐宗:すごい。さっき話していたような、ラグジュアリーの理想ですね。売り手、買い手、生産者がみんなで社会価値をつくっている。

栗岡:僕が印象的だったのは、店内に貼ってあった掛け軸「人と夢を売ろう」。まさに言葉の通り、それをとことん徹底しているお店でしたね。

佐宗:それは行ってみないとな。また一緒に旅をして、いろんな体験をシェアしたいですね。

栗岡:はい! 僕も日々新しいアイデアを見つけていきますね。