Dialogue
くりやの対話

2023/05/17

AIの進化がもたらす新しい旅の形

青木優さん×栗岡大介

日本最大級のインバウンドメディア「MATCHA」を運営する青木優さん。栗岡は2018年から友人として、株式会社MATCHAの株主の一人として、青木さんと定期的に対話を続けてきました。今回は「AI時代の旅」をテーマに、直近での対話の様子をお伝えします。

株式会社MATCHA https://company.matcha-jp.com/

青木優さん

株式会社 MATCHA 代表取締役社長。1989年、東京生まれ。明治大学国際日本学部卒。内閣府クールジャパン・地域プロデューサー。学生時代に世界一周の旅をし、2012年ドーハ国際ブックフェアーのプロデュース業務に従事する。デジタルエージェンシーaugment5 inc.に勤めた後、独立。2014年2月より訪日外国人向け WEB メディア「MATCHA」の運営を開始。「MATCHA」は現在10言語、世界200ヶ国以上からアクセスがあり、様々な企業や県、自治体と連携し海外への情報発信を行なっている。趣味は旅と銭湯(サウナも)。

AIの進化がもたらす産業革命

栗岡大介:まず僕の近況を話すと…この春、大人になって初めてというくらい、衝撃を受け、大きく気持ちが落ち込みました。

青木優さん:ああ、栗岡さんもですか。僕も同じです。3月半ばくらいは、かなり落ち込んでいました。もしかして「ChatGPT」ですか?

栗岡:はい、劇的な変化が急激にやってきました。僕は一ヶ月ほど悩みましたね。自分の仕事、生き方を見つめ直すきっかけをもらったということなんだと思っています。青木さんはどんなことを考えていたんですか?

青木:なんというか、「みんな(社員)でコツコツ積み上げてきたものが失われる感覚」がありました。自分たちの存在価値が揺らぐ、みたいな。検索がチャットに置き換わるとどうなるのか、コンテンツを作るということの価値がどうなっていくのか。ワクワクもした反面で、恐れの方が大きかったです。ちょうど僕たちは資金調達をしている最中だったこともあって、本当にこの道でいいんだろうか、と悩んでしまい…。結局のところ今はチャンスに変えようって捉えるようになっていますが、そういう人は周りにも結構多かった気がしますね。

栗岡:みんなが感じているこの「恐れ」って、産業革命のたびに起きてきたことなんです。今ここで起きていることが第四次産業革命だとするなら、過去の産業革命についてちゃんと整理して振り返ろうと思って。識者に加えて、ChatGPTとも対話したんです。そうしたら、いろいろな気付きがありました。

青木:そうなんですね(笑)。栗岡さんらしい。

栗岡:産業革命で起きたことは大きく三つあります、って。

まずは「労働生産性が上がる」ということ。馬車で荷物を運んでいたのが汽車に置き換わり、手作業でモノを組み上げていたのが工作機械に置き換わり…。人々が職を失った事実はあるけれど、基本的には労働生産性が上がったのだ、と。

二つ目が、「余暇時間が生まれた」ということ。労働生産性が上がることで、週7日働いていた人が、6日になり、今は5日です、と。現状では4日でもいいんじゃないか、8時間働く必要もないという議論もありますね。この余暇時間の増加に合わせて新たな産業が生まれ、そして新たな雇用も創出されてきました。

そして三つ目。「公害が生まれる」ということ。工業化の進展による空気汚染や汚染物質が流されることによって、日本でも水俣病など公害病が相次ぎました。

青木:三つ目の公害というのは、昔は「体に良くないもの」という感じでしたけど、これから起きる産業革命では「精神的に良くないもの」という意味が強くなってきますよね。

最近、コーチングが流行っているじゃないですか。コーチングスクールもここ数年でかなり増えましたよね。情報が増えすぎて選択肢がありすぎるがゆえに、理想と現実のギャップに苦しんでしまう。選択肢を絞る、削ぎ落とすためにお金を払う、というサイクルが生まれています。

栗岡:そうなんです。先月、シリコンバレーのウェルビーイングファンドの運用者と話をしたんですが、彼女もそう言っていました。精神に何らかの問題を抱えている人は増加の一途を辿っていて、今後もさらに増えていく可能性が高い、と。

「公害(心へのストレス)」と「余暇時間」って、コインの表と裏だと思うんです。「公害」の予防や治療をチャンスと捉えて、いかに余暇時間にプラグインしていくのか? これは我々事業家にとって非常に重要な問いではないでしょうか?

「旅」が薬になる

青木:僕たちが落ち込んでいたのも、AIの普及により引き起こされる公害の予兆だったのかもしれませんね。栗岡さん、今はもう元気そうですが、どうやって復活したんですか?

栗岡:復活したのは本当につい最近のことで。僕、実は先週一週間のうち半分仕事をしませんでした。これからAIの進化によって労働生産性が上がって余暇ができる、まずはその世界を生きてみようと思ったんです。

で、その空白の時間で何をしたかっていうと、「旅」に出ました。

青木:復活のきっかけは旅だったんですか? どんな旅を?

栗岡:週3日の可処分時間を自分の直感に任せて使い倒してみようと思いました。まずは新幹線始発で名古屋に行ってそこから高速バスで三重のVISONに。そこで農業スクールに参加し、畑を耕すところからスタートしました。そのあと大阪に出て、久しぶりに通天閣周辺でぶらぶら、アメリカ村へも繰り出し。翌日は京都でKYOTOGRAPHIEを見て、山口のYCAM(山口情報芸術センター)にも足を伸ばして…。こんな感じで、見たいものを見て、会いたい人に会うことを意識しました。子供のときの「今をそのまま生きる!」を取り戻していく実感がありました。

青木:いいですね。栗岡さんにとって、旅が「薬」になったんですね。

栗岡:まさに!これからは僕たちの生活における旅への捉え方が変わるのではないかという仮説が生まれました。目的地がはっきり決まった旅ではなくて、自分の直感に従って非連続なセレンディピティみたいなものを楽しむ。それをやってみて僕は実際にとても元気になったし、こういう旅こそがAIの進化によって引き起こされる公害に対する処方箋なのかな、って思いました。心への処方箋、人生のリトリートですね。

青木:先日、ブロックチェーンの会社で働いている外国人の友人と、滝行に行ったんです。彼はいわゆる富裕層ですけど、確かに定期的なリトリートにかなりお金をかけているみたいでしたね。ライフスタイルに組み込まれていました。

栗岡:富裕層だから、外国人だからということだけではなく、ライフスタイルとしてリトリートを生活に組み込む、コロナ禍でその効果に人々は気付きました。今後ますます市場として大きくなりますね。その新しい旅(リトリートとしての)の「しつらえ」をこれからMATCHAはAIとも協働して担っていくことを期待しています。

旅のコーチとしてのMATCHA

青木:インバウンドは足元で大きく回復し、当社にとっては新サービスも提供するなど今後の成長に向けた準備を進めています。例えば、昨年リリースした「MATCHA Contents Manager」では自治体やDMO向けに多言語サイトの制作をサポートしていますが、こうした各種サービスの充実を図るということはしっかりやりつつも、本当にこれだけでいいのかというのは、正直なところ悩み続けています。

MATCHA Contents Manager https://company.matcha-jp.com/service/mcm/

栗岡:悩みますね。誰にも未来はわかりません。だからこそまずは、「確からしいこと」から考えていきませんか?

例えば、メディアではこれまでの時代ではテレビや雑誌、ウェブサイト、SNSだったところに、ChatGPTなどのAIツールが浸透すると「一対一のメディア」が無限増殖することになります。このようにメディアのロングテール化が進むと、AIツール上に企業が広告を出す可能性があります。「日本に一週間旅行する場合のおすすめは?」とAIに尋ねたら、AIがもっともらしく説明しながら、しれっと旅行代理店のサイトに誘導するなんてことが出てくるかもしれません。そのような社会が到来するとしたら、MATCHAはどうしますか?

青木:うーん、現実的な話になってきましたね。

栗岡:ただ、結局のところ人間は「それって本当に正しいんですか」って本能的に感じるんじゃないかと思います。AIツールを活用して余暇時間を増やそうとするような人たちは、特に。AIは最適化されたそれっぽい答えを出してくるし、参考にはするけど、より確実さを求めるならきっと「(今の)日本の旅のことは青木くんに聞こう」ってなるはずです。特にリアルタイムな情報は、その情報に詳しい人同士のクチコミが一番強いというトレンドは、ますます強まっていくと予想しています。

今、出版業界では芥川賞のような伝統的な賞の受賞より、本屋大賞の方が販売には影響力が高いという話を聞きました。書店員の方々の具体的な「オススメ」のほうが、読者は納得感を感じるということなんです。だからMATCHAも目利き力や旅行客とのハイタッチなやりとりがさらに重要になると思います。地域の価値、資源をいかにそれぞれが深く掘ることができているか、より多くの人に身近に感じてもらえるか、引き続き一緒に考えていきたいですね。

青木:確かに。選択肢が多すぎる状況だからこそ、僕たちも「ここがおすすめ」というだけじゃなくて、「なぜここがいいのか」っていう理由まで僕たちの言葉でしっかり提示できる会社でありたいんです。これは近々、自分でも「なぜあなたは日本へ行くべきか」という内容で文章書きたいなと思っています。そもそも「日本に行く」ということを決めさせるくらいのパワーがある状況を僕たちが作り出していきたい。そうすれば、より日本の旅行の体験に関与できるサービスにできると思うんです。

栗岡:そうですね。さっきも青木さんが話していたように、コーチング需要が増えているのだとしたら、旅にもその要素があってもいいかもしれません。コーチって一般的には指導者というイメージが強いですが、もともとの語源は「車輪」、馬車が走りやすくするための補助輪みたいに、行動を促すためにその人に共感してあげて、優しく寄り添っているような感じです。

青木:なるほど、「旅のコーチ」か。それは面白いコンセプトかもしれませんね。日本に行く理由をしっかり提示しつつ、そこに共感して日本に行くと決めてくれたら、行動と手段の部分は僕たちがコーチとして寄り添い続けていく。それができるとしたら、MATCHAも今のポジションのもう一段上のレイヤーに行ける気がしますね。

「一緒にいる」からはじまる

栗岡:旅行客のニーズは今後どんどんロングテール化していきます。そのニーズに応えるための小さな商いの集合体を、ビジネスとして成り立つように企業が事業へ組み込んでいくというのは…正直なかなか難しいことなのかもしれません。

当社でも今後はインバウンド事業を始めますが、僕は「(儲かるかどうか)わからなくていいじゃないか!」と事業を推し進めていこうと思っています(笑)。「わからなさ」をみんなで一緒に楽しむこと、それが旅行業界の多様性と異業種との繋がりを育み、結果的に産業の選択肢を拡げてくれます。NFTを活用してデジタル村民を世界に広めた新潟県山古志村の例もあるじゃないですか。規模より気持ちを優先し、プロジェクトに仲間が集っていく。

青木:結果的に地域活性の可能性を広げてくれていますよね。マネタイズや資金調達が多様化していることも後押ししています。

栗岡:これは予防医学研究者の石川善樹さんに教わったことですが、人間関係は「一緒にいる→友達になる→何かをする」っていう流れが良いのではないか、と。多くの人は「何かをするために、仲間になる、一緒にいる」がほとんどです。これでは、「する」が目的になってしまい、お互いに期待値コントロールが難しく、関係性が弱くなってしまいます。ここからは私見ですが、デジタルツールが普及したコロナ禍では、山古志のデジタル村民のようにオンライン上で「一緒にいる」ところからスタートできる人間関係が急速に増えました。そして今、ようやくアフターコロナを迎えて、仲間たちがリアルに「何かをする」というフェーズになってきています。

青木:すごく面白いですよね。山古志の例からも「いる、なる、する」で新しい豊かさが生まれているのを感じています。

栗岡:MATCHAと「一緒にいる」から始まるものがたくさんあると思っています。先がわからないからこそ、僕は青木さんの友人として、また株主として、未来の「わからなさ」を一緒に楽しんでいけたらいいなと思っています。これからもよろしくお願いします!