Dialogue
くりやの対話

2021/12/30

女川を愛する心に 成長の源泉を見る

岡 明彦さん×栗岡大介

私たち、くりやがご支援する女川の水産食品メーカー 株式会社鮮冷の岡明彦専務と、「地域からの成長」について対話しました。

岡 明彦さん

宮城県女川町在住。株式会社岡清代表取締役、株式会社鮮冷専務。岡清は女川で1947 年に創業した水産加工会社。震災により 4 営業所が被災。2011 年 7 月に営業再開し、2013 年 7 月には工場を再建。2016 年には株式会社石森商店とともに株式会社鮮冷を立ち上げる。女川町復興連絡協議会理事、女川町商工会理事、復幸まちづくり女川合同会社、女川みらい創造株式会社取締役をはじめ、まちづくりや水産業界全体の活性にも深く関わる。

女川への深い愛情

栗岡大介:岡さんとの出会いは、女川の復興、まちづくり、人づくりに取り組むNPO法人「アスヘノキボウ」代表の小松洋介さんからのご紹介でした。

初めてお会いして驚いたのは、自社のことだけでなく、女川全体のことを考えてらっしゃったこと。女川町への深い愛情を感じました。
さらに女川にいながらも、東北、日本、そして地球温暖化についても考えていらっしゃっていて、「地球市民」という言葉が頭に思い浮かんだんですよ。

鮮冷さんは震災をきっかけに、鮮魚卸の石森商店と水産加工・販売を手がける岡清の二社が合併する形で立ち上げられた会社ですね。当時、岡さんにはどのような想いがあったのでしょうか。

岡 明彦さん:震災の後、さすがにもうダメかもしれない、と思いました。津波で工場、会社、そして社員までもが流されてしまっていましたし…。夜になるとこの街は本当に真っ暗だったんですよ。
とにかくまず、電気をつけたかった。電気をつけることからスタートして、何とか営業を再開しました。当時では相当早かったと思いますね。

女川港から100mほどの東日本大震災の震災遺構「旧女川交番」。広場として整備されており、周囲には復興への道のりを記したパネルなども展示されている。

栗岡:震災後、女川町では1ヶ月で立ち上がった協議会で「還暦以上は口を出すな」という表明が出されたんですよね。町の未来は若手が作るのだから、と。これを聞いて、これはすごいと思いました。その頃、岡さんが若手側の当事者だったわけですよね。

岡:最初に聞いた時は驚きました。でも、確かにここからみんな意識が変わったと思います。

復旧から始まるわけですが、宣言通りに本当に年配の有力者たちが一切口を出さずに見守ってくれました。例えば、議会案件とか僕らは慣れてないけれど、彼らが後ろで支えてくれましたね。「自分らでやったほうが早い」という場面も沢山あったと思いますが、僕らに全て経験させてくれて。お陰でこれからは自分たちがこの町を動かしていくんだ、と実感できるようになりました。

栗岡:震災をきっかけに、町の若い衆にオーナーシップが芽生え始めたということですね。戦後の日本に似ていて、未来は自分たち次第で創ることは出来るという想いを持って活動する方々が沢山いたと思います。

一番大変だった「現状把握」

栗岡:鮮冷は、人口6000人の町で、100人以上の雇用も守っていらっしゃる。女川を代表する、女川をもっと盛り上げるための核となっていく存在です。ただ、温暖化による不漁、デフレ、労働力不足など日本が構造的に抱える課題に直面しており、利益を出しにくい状況で…。くりやで何かお手伝いできたらとご一緒させていただくことになりました。
それから3ヶ月、現状把握、顧客の整理、新顧客の創造と進めてきましたが、岡さんの手応えとしてはどうですか?

岡:最初はもう、自分に対して頭にきていましたよね。わかっていたようで、わかっていなかったんだということを目の前に突きつけられて。

栗岡:事業の状況を可視化して向き合う、ここがやっぱり一番大変だったと思います。例えば、ダイエットって、裸になって体重計に乗らないと始まらないんですよね。経営改善も一緒で、まずは裸になること。会社の健康と身体の健康って似ているところがあります。岡さんも長年の経験で感覚的には掴んでいらっしゃったと思うんですが、それらを本当に細かく、エクセルでまとめてもらおう、と。最初にそこを伴走させていただきました。

その後、顧客一件一件に対して、価格を見直していって。限られた水産資源を適切に活用するには安売りばかりでは続けられない。本当に小さなコツコツとした積み重ねをしてくださいました。結果的に粗利が大幅に改善しましたよね。

岡:はい、おかげさまでこの先に取り組むべき課題も見えてきましたし、営業担当はじめ社内にも説明しやすくなりました。

これまでもずっとモヤモヤはしていたんです。経営改善の必要性については、税理士さんとか銀行さんとかともお話してきました。ただ、それを実現させるための業務に落とし込んでいく、という時にすごく力になってもらいましたね。新しい視点もたくさんもらっています。

女川駅前「ハマテラス」内の店舗「おかせい」にて。鮮魚、加工品みやげ、海鮮食堂まで幅広く手掛ける。

誰かのために頭を抱えること

栗岡:そういえば、僕は起業してから「頭を抱える」こと(動作)が増えたんです。複雑な課題に対して、自分なりにアイデアを捻り出そうという時に、「うーん、うーん」って感じ。でも、もしかすると、誰かのために頭を抱えるって幸せなことなんじゃないか、とも思うようになりました。「頭を抱える」って、大切な頭を守るような仕草でもあるじゃないですか。だから頭を抱えて悩むって誰かの大切な未来を守れることなのかもしれない、って。

震災後に岡さんは女川の未来について頭を抱えて悩んで下さいました。岡さんを通じて女川を知り、多くのインスピレーションをいただいた私は、鮮冷さんのことを考えながら、たくさん頭を抱えています。鮮冷さんを通じて、女川のこれからに何か寄与できればと。

岡:ありがとうございます。それはもう。

栗岡:一緒に現状把握をして、既存顧客の見直しをしたことである程度の改善は見込めました。大切なことはこれから!改善から成長のフェーズをどうやって創り出すかですよね。

それで、とりあえず僕なりに頭を抱えながら出した答えが「売るしかない」だったんです。僕自身が、ありとあらゆるツテに、ホタテなど御社の製品を売りまくりました。このやり方には、たぶん岡さんも驚いたと思うんですが(笑)。

岡:びっくりしましたね。予想外のアシストでした(笑)。

栗岡:僕は、世間的な「コンサルティング」の言葉から想起される、知らない人に知識を提供する、上下関係というか、対等ではない関係性のイメージがあまり好ましくないと思っていました。僕は「味方である」という覚悟をしたのだから、岡さんが日々奮闘されている水産加工・販売の業界に飛び込んでみようと。岡さんと一緒に様々な経験をさせていただきながら、共に覚悟し、お互いに刺激を与えあえる存在になりたいと考えました。

岡:そうですよね。「ホタテとタコの煮付け、いくらで卸してくれますか?」と。いきなり連絡が来て(笑)。

栗岡:ドーンと一気に、自分で在庫を持ってみました。在庫を持たないと、売らなきゃいけないという意識も芽生えないと思ったから。

三陸の海の幸のアヒージョ。おしゃれなパッケージも人気の商品。

栗岡:そうやって、実際に自分でやってみてわかったことがあるんです。驚きました。すごく「不安」な気持ちになったんですよ。鮮冷さんが扱っているのは、生ものであり、下手すると人間の身体に危害をも与えるものでもあるじゃないですか。もちろん鮮冷さんの冷凍技術は世界最高峰で素晴らしいものですが、購入した先での解凍のやり方とか、不慮の間違いで食中毒にでもなっちゃったら…とか考えたら、不安になっちゃって。ああ、大変なプレッシャーの中で日々の業務に向かい合っていらっしゃるんだな、と。自分の意識が大きく変わりました。

岡:その上で、栗岡さんに「あなたがやらなければいけないですよ」と言われたので、僕もガッツリ意識が変わりました。腹が決まったというかな。どこかで環境や人のせいにしていたところもあったのかもしれないし。

栗岡:震災から10年が経って、今年で11年目。女川も「復興」から「成長」に意識を切り替えていくタイミングですよね。東北の復興のシンボルというだけではなくて、日本の成長のシンボルにもなっていけると思いますから。

私たちも引き続き、くりやとしてできることを考え続けます。これからも岡さんと一緒に頭を抱えさせて下さい!

鮮冷のオンラインショップ「女川さかな手帖」。
https://www.senrei-fishmarket.com/